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文系醫學生の記録

北海道大學醫學科學生井上大輔が書いてゐます.

歴史的仮名遣いでの助動詞「う」の扱い

現代語の動詞「行く」の活用表を、現代仮名遣いと歴史的仮名遣いで書くとそれぞれ下のようになる。

仮名遣い 未然 連用 終止 連体 仮定 命令 活用の名
現代仮名遣い -か、-こ -き -く -く -け -け 五段活用
歴史的仮名遣 -か -き -く -く -け -け 四段活用

「行く」に助動詞「う」が下接したものを、

・現代仮名遣いでは「行こう」

歴史的仮名遣いでは「行かう」

と書くため、現代仮名遣いでは活用の名を「五段活用」とせねばならないが、歴史的仮名遣いならば古代からある「四段活用」として扱うことができる。さらに、「行かむ」のウ音便から「行かう」になったという日本語の歴史も表すことができる。これを歴史的仮名遣いのメリットの一つとして主張する人が多い。

ところが、現代語の動詞「する」に助動詞「う」が下接したものは、現代仮名遣いでも歴史的仮名遣いでも「しよう」と書く。現代仮名遣いでも歴史的仮名遣いでも、現代語には連用形接続の助動詞「よう」が存在するという立場である。しかしこれも、「せむ」のウ音便から「せう」になって、発音が「ショー」から「シヨー」に変化したという歴史を背負っているのだから、歴史的仮名遣いでは「せう」と表記すべきだと私は思う。

しかしこれにも問題がある。「見る」に助動詞「う」が下接したものを「見う」と書いて「ミヨー」と読ませると決めると、「iう」は「ユー」と読む、という仮名遣いと音の対応が崩れてしまう。すると「見よう」と書かざるを得ない。結果、結局助動詞「よう」の存在を認めざるを得なくなる。

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