文系醫學生の記録

北海道大學醫學科學生井上大輔が書いてゐます.

言語の運用

言語の運用には2つの段階がある。現実を言語に変換する段階と、言語のなかで概念を概念に変換する段階である。学校教育で養い求められるのは主に後者である。私も後者が得意で、前者は苦手だった。さらに、前者はやらなくても良いのではないかといろいろな理由で考えていた。

しかし今期病理学実習という授業で少し考えを変えた。この授業は、病変のある細胞・組織を顕微鏡で観察して、所見を絵や言葉で記録するというものである。2年前期の組織学実習は、対照的に、正常な細胞・組織を顕微鏡で観察するものだったが、絵で記録することが重視されていた。Digital camera のある時代に自ら絵を描く理由は納得できなかった。これに比べると病理学実習はおもしろい。現実を言語で記録する作業が求められる。前段落で「前者」と呼んだ段階である。これがやってみると滅法おもしろい。

それから、授業以外でも、いろいろな現実を言語にして記録することを始めた。以前よりもはるかに多様なはるかに多くのことを記憶できるようになった。言語万歳、と言いたくなるほど、言語が自分の役に立っている。そして、言語のなかで概念を概念に変換するのはこれまでさんざん鍛えてきたので得意だ。これらを組み合わせれば、すごい力を発揮する。

医学の勉強は、このように、個人の認識能力を高める要素があり、これこそ私が医学に従事する理由である。

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