文系醫學生の記録

北海道大學醫學科學生井上大輔が書いてゐます.

静岡大学教育学部附属静岡中学校における数学史の教育

北大に入って何人かの中高生浪人生に数学を教えて驚かされたのは、彼らがみな一様に数学史を知らないことである。

デカルトが宿屋でごろごろしているときに天井の格子と蠅を見て直交座標を思いついた話や、

デカルトの「デ」は前置詞だから言わないこともあるという話や、

関孝和が行列より先に行列式を発見した話、

掛け算と割り算はほぼ同時に発見されたのに積分法の発見から微分法の発見までは 1000 年以上かかっている話、

オイラー全集は未だ刊行が完了していない話、

スピノザの『エチカ』はユークリッドの『原論』を真似ている話、

バビロニアでもギリシアと同様の幾何法則が知られていたが、バビロニア人はついに証明に関心を持たないまま滅んだ話

を、なぜ知らぬ。北海道では数学史の教育が禁止されているのか。いまある全ての数学が 5 分前に構築されたことになっているのか。

と訝しんだが、これはむしろ、自分が数学史を知っていることに疑問を抱くべきであった。

私は中学校で数学史の教育を受けたのである。私が行った変な中学校 (http://hydrochloride.hatenablog.com/entry/2015/03/12/232600) では、数学の時間はそのほとんどが生徒が自分の好きなことを調べて発表する活動に費やされていた。そこで、数学史の発表をしたがる一派がいたのである。

数学が嫌いだったのか、

楽をしたかったのか、

奇を衒いたかったのか、

教官や多数派の姿勢に反発したかったのか、

あるいはそれとも本当に数学史を知ってみんなに知らせたいと思っていたのか

わからぬが、そういう一派がいた。数学の教官は 「数学史は数学ではないのだよねえ。数学の研究をしてほしいのだよねえ」 と苦い顔をしていたが、この一派のおかげで、私は十代半ばにして、 18 世紀までの数学の諸概念について、誰が何の目的で考えたものなのかを把握することができた。おかげでいまでも、数学ほど人間に優しい学問はないだろうと思っている。卒業して 15 年が経って、この学校の授業の時間で聞いたことでまだ記憶しているのは数学史に関する事項だけである。